守られてきた子ども時代と自由になったのにやりたいことがない大人

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大人になると、子どもの頃と比べて随分と自由になったと感じることが増えます。

小さい頃は、誰しもがある一定範囲の制限の中で生きていて、それが守られているということではあるのですが、なんだか窮屈に感じてしまうことさえありました。

様々な制限や制約がなくなって、時間的にも金銭的にも自由になって、融通が利くようになります。

しかし、同時に大人の抱えるしがらみもあります。

今回は、私が思っていることを書いていこうと思います。

大人になると選択できる自由が増える

大人になると、子どもの頃と違って圧倒的に自由にできることが増えます。

育てられた環境にもよるとは思うのですが、子どもの時に、「あれはダメだ」、「これもダメだ」と言われていた分、大人になった時の反動も大きい気はしています。

私自身、恵まれた環境で大事に育てられてきたとは思います。

でも、小さい頃は、欲しいものが買えない、未成年という年齢のせいで制限が掛かってしまうといったことが多々ありました。

貧乏な家で生まれ育ち、我が家はお小遣い制でもなく、欲しいものがあっても直ぐに買って貰えませんでした。

自由に使えるお金なんてありませんでしたが、自分で稼げるようになると、ある程度、自分が欲しいと思ったものは迷わずに買うことが出来ます。

自分が欲しいと思ったタイミングで、好きなものを好きに買える。

これほど自由なことってないと思います。

自分で働いた分だけ対価が得られて、そのお金で自分や周りの人にもお金を使うことが出来て、ある程度のことは、お金で解決できるようになります。

自由に使えるお金があるということは、それだけで生活が豊かになることは間違いありません。

自分の意志で、誰からの許可を貰う必要もなく実行に移すことも容易くなります。

友人だけで遊びに行ったりするのも、一人でフラッと遠出するのも、誰からも咎められない。

些細なことですが、自分たちの車で遠出できるし、夜遅くまで起きていても誰からも叱られません。

不規則な生活を送っていても、誰にも迷惑を掛けることもない。

お金があれば、好きなものを好きなだけ買い占めることだって可能だし、どこへ行くのも自由。

突然、思い立って初めて一人で遠出して、知らない土地を訪れる時は着くまでワクワクしたことは今でも印象に残っています。

昔は大人になんてなりたくないと思っていたけれど、子どもの頃と違って、とにかく選択する自由の幅が広がります。

「やりたいこと」との向き合い方

毎日、行くのが憂鬱で仕方なかった学校も義務じゃなくなります。

小さい頃は学校に行かなければなりませんでしたが、職業や仕事だって自分で決めることができます。

大人になってからも、大抵は会社勤めすることが一般的ですが、大きい視点で見れば自由です。

嫌だったら、会社をサボることだって出来るし、辞めることだって出来ます。

昔は学校をサボるなんて絶対に許して貰えなかったり、学校側から親に連絡がいくことだってありました。

煩わしい学校行事も強制的に参加しなければなりませんでしたが、大人になると強制じゃなくなり、選択できる自由が増えます。

社会に出ると、親や上司からあれこれ言われることもなくなって、自分で判断して行動する場面が当然増えます。

でも、色んな制限がなくなった分、自由にはなる一方で、選択肢が増え過ぎて迷うこともあると思います。

いざ「自由にやっていいよ」と言われても、どうしていいか分からないことだってあるし、突如、投げられても、それが一番困ることだってあります。

大人になってから自分の好きなことや得意なこと、やりたいことが分からなくなっている人も多いと思います。

私もその人間の一人で、何が好きなのか自分でもよく分かりません。

「好きにして良い」って、一見、自由なようで難しい。

自分の選択肢の中にないことからは選ぼうとしないし、選べないから。

単に自分で難しく考え過ぎているだけなのかもしれませんが、子どもの時のように柔軟な発想ができません。

自分が苦手なことを知ること

昔から逃げることはよくないとされてきて、特に親からは、苦手なことは、とことん向き合うことを推奨され続けてきました。

勉強で例えると、苦手な教科があったとして、できないこと・苦手なことを克服するべきだといったことです。

学生の時は、嫌なことも一通り学ぶのが教えなのかもしれません。

でも、苦手なことを無理に頑張ろうと思っても、自分にとってストレスでしかありません。

(そして、私は余計に勉強が嫌いになりました。)

会社員生活になってからもそうで、上手くいかないことなんて山ほどあります。

仕事が出来なくて、泣きたくなるほど自己嫌悪に陥ることもしばしばあります。

この仕事に向いていないんじゃないか。とか、もう辞めたい。と思うことだって何度もありました。

でも、誰だって初めから上手くいく訳ないし、自分でやってみたからこそ得られる気付きは何かしらあるので、取り組んでみたことは、決して無駄じゃなかったと思います。

時には、向き合わなきゃいけない時だってあるし、乗り越えたからこそ見えてくる景色だってあると思います。

我慢することを覚えることも、勿論、大事だと思います。

でも、何度、乗り越えようと必死で取り組んでみて実感したことは、やっぱり無理なものは無理。

どう頑張っても克服できないことだってあります。

だって、人間向き・不向きがあるのは事実なのだから。

決して、すぐに目を背けたり、嫌なことを避け続けることもよくないとは思うけれど、

それよりも好きなことや長所を伸ばすことの方がよっぽど大事だと思います。

生きていく上で、ある程度の緊張感は必要なのかもしれませんが、わざわざ自分が苦痛だと思う方を選ぶ必要はありません。

ストレスを抱えて生きていくくらいなら、手放してしまった方が圧倒的に楽だし、ずっと生きやすくなるということに気が付きました。

そんなの「逃げ」だと言われることもあるかもしれませんが、時には逃げること必要だし、大切なことだと私は思います。

仕事で自分だけ好き勝手言っているとただの我儘になるし、その折り合いをつけていくのが難しいところですが、とにかく人に迷惑さえ掛けなければ、何をしても良いと思う。……ただの持論だけど。

消えない将来に対する不安

学生の頃は、今後の進路について散々悩んでいたけれど、大人になった今だって「このままでいいのかなぁ」と漠然と不安になることはよくあります。

誰しもが感じることかもしれませんが、子どもの頃は、今の年齢の自分はもっと大人だと思っていました。

でも、歳を重ねるごとに感じているのは、自分でも成長しないなぁ。と思うほど、人はそう簡単には変わらないということ。

大人は完璧だと思い込んでいましたが、思っていたよりも、大人は完璧ではないということも分かってきました。

それは、こうやって自分が大人と呼ばれる年齢に達したからこそ感じることです。

それぞれ悩んで、日々、闘いながら生きている。

大人の年齢によるしがらみ

大人になるにつれて、年齢のしがらみも出てきます。

いい歳した大人が、こんなこともできないのかって思われるようなことも増えてくるし、立場的に責任も背負わなきゃいけなくなってきます。

仕事でのキャリア、女性だと結婚・出産・育児などのライフイベント。

10代や20代前半の頃は、まだまだ先のことだとばかり思っていましたが、大人になるにつれて、周囲の状況も変化してきます。

生きていても楽しいことばかりじゃないし、絶望しそうになることもあるけれど、これからが私の人生だとも思っています。

よく、人生において「間違い」や「正解」はないと言いますが、答えがないからこそ、ある意味どれも正解だし、結果として自分で選んだことは全て間違いではないのだと思います。

完璧じゃなくても良い。

人間、足りない部分を補えるからこそ、お互いに存在する意味があるのだと思います。

とにかく、まだまだ自分の知らない世界があるように、もっと色んな景色を見て、色んな経験を得たいなぁ。と思います。